「元周様,あれ以上は許されてないのでこれでお終いです。早く戻って朝餉をお召し上がりください。」
高杉がいい年して何を楽しんでんだと呆れ返った。これが元周じゃなく白石なら遠慮なく引っぱたいたのに。
「バレなきゃいいだろ。お前らが黙ってりゃ問題ない。ほれ早よ続き見せろ。」
「あなた,松子ちゃんを困らせるのは止してください。」 眉心紋消除
にっこり微笑み,すすすと元周の前に出た千賀はこの口縫い合わせるわよと恐ろしい事を口にした。
「うむ……。松子すまん……。」
三津は大丈夫ですと苦笑しながらしっかり手綱を握ってくれる千賀に感謝した。
それから広間に戻って元周が朝餉を平らげる間,千賀はその正面に座ってくどくど説教をした。
他の隊士達は藩主のこんな姿は見る物ではないと,何も居ないかのように朝餉を済ませた。
「では支度が済んだら入江様,私と出掛けましょう。松子ちゃんは主人をお願いね。」
「えっ私が千賀様と出掛けるのでは?」
そのつもりでついて来たのに拍子抜けだ。それに主人をお願いとは何をどうお願いされてるのだろう。
「じゃあまた後で。」
千賀は侍女と入江を従えて暢気な声で行ってきますと出掛けて行った。
『何か不安しかねぇなぁ……。』
意気揚々と歩く千賀に入江は嫌な予感しかしない。
「千賀様籠は使わないのですか。」
「えぇ健脚ですもの。」
そう言う意味で聞いたのではないが,そうですかと返すにとどめた。「千賀様,入江様はそう言う意味で聞いたのではありませんよ。貴女様ほどの方が歩いているのが如何なものかと申しております。」
諦めた入江の代わりに侍女がしっかりと物申してくれた。
「籠なんて贅沢よ。こんなに歩けるのに。それに和菓子屋までの距離なんて知れてるわ。」
『なるほどな……。直接けりを着けるんか……。でも何で元周様やなくて千賀様が私と?』
夫婦間では意思の疎通が出来てるだろうがこっちは何ら理解出来てない。本当に不安しかないが,これが終わればまた三津の傍に居られる。それだけが唯一の望みだ。
「千賀様,不測の事態には私が命に変えてもお守り致しますのでご安心を。」
侍女の言葉に入江は気を引き締めた。いくら千賀が藩主の妻でも,狂って冷静さを欠けばそんな事など考えずに何かやらかす可能性は大いにある。
「お二人に怪我など負わせませんよ。これでも奇兵隊ですよ?あっちを傷付けるつもりはないですがお二人に怪我をさせるなんて絶対にさせません。」
「うっふふ!頼もしい。ねぇ本当に私の下で働かない?」
「有り難いお言葉ですが,二度と三津から離れる気はありません。」
「ではあなた達を脅かす悪い芽は摘んでおかないとね。」
つくづく敵に回したくないなと思いながら入江は千賀の後をついて歩いた。
千賀は営業の邪魔はしたくなかったけど,出来れば多くの客の前で女将との関係は嘘であるのを公言しておきたくて店の混み合う頃合いを見計らった。
「本当にご主人と大女将に申し訳ないわよね。売上にも支障は出るでしょうし,自分の愛娘が大勢の前で晒し者になるんですから。」
気の毒だわと言いつつも,見過ごすのも出来ないからと店の暖簾を潜った。
「千賀様っ!入江様も……。」
入江の姿に一瞬顔を綻ばすが二人が共に訪れた理由に勘付いてすぐに表情を強張らせた。
「お忙しい所にごめんなさい。どうしても気になった事ははっきりさせておきたくて。女将は貴方と一緒になると言ってるけどそうなの?」
客の声で賑わっていた店内は水を打ったように静まり返った。とんでもない所に居合わせたなと思いながら空気のようにそこに居るしかない。
「そんな約束はしておりません。そんなデマを流されて迷惑しておりました。」
「嘘よ!一緒に居てくれるって言ったじゃない!」
「そうですね,でなければ松子様に何をするか分からないと脅してきたので。私は松子様に仕える身。貴女の要求に応え,主の身を守っていただけです。」
女将の目を真っ直ぐに見て吐き出された言葉に店内はざわついた。
目の前の三津はどこか哀愁の漂う雰囲気を纏ってお酒を口にしている。その姿がいつもと違ってどことなく色気があるなと思いながら入江は見ていた。
「何を聞きたいの。分かる範囲なら話すけど?」
「三津の口から聞きたいんです。」
自分は誰よりも三津を知ってるぞと言う自慢はいらないと笑顔で毒づいた。
「呑んだらすぐ寝てしまうよ?」 眉心紋消除
「そこは武人さんの腕の見せ所でしょ。」
入江と桂は三津を囲む輪から少し離れてその様子を見ていた。
「なぁ嫁ちゃん何でそんなに死にかけとるそ?」
山縣の質問には私だって知りたいよと嘆いたが大体の理由は宙ぶらりんの自分の立ち位置と桂と恋に落ちたせいだと分かってはいる。
「その土方は三津さんの何やったん?」
赤禰は新選組や土方の名は吉田や久坂から送られてくる文で知っていたが何がどう繋がるのか分からんと首を傾げた。
「土方さんは私の元雇い主です……。」
三津は新選組で女中をしていた事やそれから小姓にされた事を説明したが土方の女と言う肩書きに関しては何でそうなったか全然分からないとまた嘆いた。
「……桂さん。送り込んだ間者の勘違いでそうなったのは教えた方がいいですか?」
入江に小声で問われて桂は首を小さく横に振った。
「ですよね。私も言わない方がいいと思います。それに土方も三津連れ歩いてたけぇどのみち勘違いはされてましたよね。余計な事言うのは今はやめときましょう。」
桂は何度も首を縦に振った。それから二人はまた輪の雑談に耳を傾けた。
「その元雇い主は嫁ちゃんに惚れとったんやんな?」
「そこですよ!いっつも罵声浴びせるし,こんな貧相な体に欲情せんって女として全然見てへんし怒ったら拳骨してくる人やったのに,何で好きなのに気付かん?ってまた怒られて意味分からんのですよ!私に男心なんて分かりません!」
畳に突っ伏して土方さんの馬鹿と泣き出した三津の背中を赤禰が優しく擦ってやった。
「嫁ちゃん男運ないな?」
男心とかの問題じゃねぇわと山縣は呟いた。「運悪く桂さんに引っ掛からなかったら危険な目に遭わずに済んだかもしれないんやけどねぇ……。」
伊藤がぼそりと呟いて桂を横目で見た。
「そこは否定しない……。」
三津に対して謝罪するしかないのは実際そうだと肩身の狭い思いをする桂に入江が助け舟を出した。
「俊輔言いたい事は分かるがあんま責めんな。桂さんだって三津の事思って色々手は尽くしとるんや。まぁ……最後裏切っちょるけど。」
「庇うふりして傷を抉るのはやめろ。」
くくっと喉を鳴らす入江の耳を桂は横からこれでもかと言うぐらい引っ張った。
「なぁ桂さんは三津さんの事どんな風に口説いたそ?」
高杉が三津の頭をぺんぺん叩いて問いかけると三津は突っ伏した状態から体を起こした。
「口説く……口説かれた記憶はないです……。会ったら相談相手になってくれてて……。たまに偶然会えるのが嬉しくて。でも会えたのは数えるぐらいで。」
記憶を辿ってぽつりぽつり話し始めた三津に赤禰はさり気なく少量ずつ酒を呑ませた。
「お三津ちゃんホンマに偶然会えたんやと思ってる?」
幾松の言葉に三津はどう言う意味?と小首を傾げた。
「幾松。」
桂は咳払いと低い声で余計な事を言うなと牽制するが幾松は知らん顔。
「あの人暇さえあればお三津ちゃんの周り彷徨いてたんよ。偶然ちゃうで。」
「えっ怖っ。」
文の冷めた目に桂はまたも心を抉られた。もう抉られ過ぎて穴が開きそうだ。だがちゃんと釈明はせねばと声を上げた。
「違うぞ本当に偶然だった。はっ初めの頃は……。
でも段々会えなくなって……でもどうしても会いたくて外に出る用事があった時は探したりはしてた……それは認める……。」
『三津……君は無意識に男を手玉に取ってるんだよ?知ってる?』
腕の中で唸り声を上げながら額を押し当ててくる姿を苦笑いで見下ろした。
そこいらの遊女よりたちが悪いんだ。
「すまない……嫌な気分をさせてしまうその分いっぱい一緒に散歩に行こう。」
「行く……。」
背中に手を回して胸に顔をすり寄せてくる仕草に笑みを溢した。眉心紋消除
「とても名残惜しいが職務を放り出して来てしまった……戻らねば……。」
「……嫌……もうちょっとだけ。」
心が離れてた分,少しだけでも近くに居たかった。
「……仕方ないねぇ。三津が言うのなら聞かない訳にはいかないよ。」
自分だって素直じゃない。“私も離れたくない”と言えばいいのに。
こうして三津が引き止めるなんてこの先あるのだろうか。
滅多に言わないわがままだから,離れられないのを三津のせいにした。藩邸に帰った入江は高杉を探した。
「あ,アヤメさん晋作知らない?」
廊下を歩いていたアヤメを引き止めた。
「たっ!高杉さんなら乃美様と久坂さんに説教されてますっ!」
入江に声をかけられて緊張したアヤメはぴんっと背筋を伸ばし,上ずった声で答えた。
「そうか。でもまだ足りないから後で稔麿と一緒に追加の説教だな。」
土下座で許しを乞う高杉の姿を目に浮かべて喉を鳴らした。
「高杉さんは今日は何をやらかしたんです?」
「三津さんを追い回して迷子にさせたんだ。」
アヤメは桂が血相変えて飛び出て行った理由はそれか!と納得した。
「でも三津さんが外に出たのは桂さんの責任だから桂さんが晋作を責める権利はないけどね。」
入江が少し怒気を含ませたのをアヤメは気付いた。
「あの……入江さんにとって三津さんはどんな人ですか?」
不安げな顔で入江の目を見たがすぐに視線を下に向けた。
「それは居てもらわないと困る存在だよ。
アヤメさんも三津さんが居た方が楽しいでしょ?」
首を傾げて口に弧を描かせた。そうすればアヤメの顔は赤くなっていく。
「そうですね!三津さん居た方が賑やかで楽しいですっ!わっ私はこれでっ!」
アヤメは失礼しますっ!と勢い良く頭を下げて立ち去った。
『……単純。』
どっかの誰かさんと似てるかもな。そんな事を思って笑みを浮かべた。
『あぁそうだ。斎藤一と何の話をしながら帰って来たか聞くの忘れたな〜。』
明日にでも聞き出すか。嫌そうな顔をしつつも“絶対に言わないで下さいね?”って前置きして話してくれる姿を思い浮かべ,にやにやしながら廊下を歩いた。
「じゃあ戻るけど今日はもう外に出ちゃ駄目だからね。
どんなに遅くなっても必ず帰って来る。愛してるのは三津だけだよ。」
何度囁かれても慣れない甘い言葉に真っ赤な顔で頷いてお見送り。
そんな甘い言葉に溶かされてった女は一体何人いるのやら。
『アカンアカン考えんとこ。』
悪い考えを吹き飛ばすように頭を激しく左右に振った。
『藩邸について行けたらいいねんけどなぁ……。』
高杉の迫り来る姿を思い出してぶるっと体を震わせた。
『何かいい方法ないやろか。』
上手く交わして尚且つ長州へ戻す策は無いものか。そこで三津に変な闘争心が芽生えた。
何故自分が逃げ回らなければならない?
自分の安息の地を乱されて黙っていていいのか?
やられっぱなしでいいのか?
あぁ……私はいつからこんなか弱い女になったんだ……。情けないぞ三津!
ぐっと拳を握って己を奮い立たせた。
『負けられん……!』
ならばまずは敵の情報を手に入れよう。三津は桂の帰宅を心待ちにした。
嬉しいことに桂は早めに帰宅してくれた。
高杉に説教をしていたら職務への集中力を削がれたからと笑った。
早く帰りたかったしいい口実になったんだ。
夕餉を前にして三津は早速聞きたかった事をぶつけた。
「高杉さんの弱点知ってます?」
「ぐっ……!げほっ!じゃ?弱点?」
米粒が気管に入って噎せ返る。目の前の三津は至って真剣な眼差しで教えて教えてと見つめてくる。嫌な予感しかしない。
「さぁそれはどうでしょう。
あいつが一人で出歩けば必ずと言っていい程不逞浪士に目をつけられる。
副長の狙いはのこのこ現れたそいつらの捕縛。」
「あんなお嬢ちゃんでも使えるモンは使うってか。
まぁ副長らしいっちゃ副長らしいわな…。
よっしゃ俺はお嬢ちゃんとこでお茶飲もっと!」
『まぁどこまでが本心か分からんがな。』眉心紋消除
三津が甘味屋に帰ってからも護衛をつけると土方は言った。
見回りの順路にも甘味屋の近くの通りを組み込んだ。
それはあわよくば,三津から新選組の情報を得ようと近付く不逞浪士捕縛の為。
また三津を囮にするような内容を語ったのだが,単に土方が離れていても三津の全てを把握したいだけとしか思えなかった。
そんな事を考えながら三津の元へ足取り軽く駆け寄って行く山崎の後ろ姿をじっと見つめた。
「お嬢さんお茶を一杯!」
人懐っこい笑みを浮かべながら表の長椅子にどっかり腰を下ろした。
「あれっ?斎藤さんのお友達の!」
「覚えててくれはったん?いやぁ嬉しいわぁ!」
大袈裟に喜んで馴れ馴れしく三津の手を握って上下にぶんぶん振った。
「薬売りやったんですか。」
前会った時は違ったような気がする。
首を傾げながら背中にしょった籠と薬の幟をしげしげと見つめた。
「せやから前に足に塗った薬良く効いたやろ?」
山崎が得意げに笑うと三津もそう言えばそうだと,ポンと手をついた。
それからあの時はありがとうございましたと頭を下げた。山崎の正体も知らずに三津はにこにこと笑う。
『あいつに警戒心と言うものは無いのか…。いや,一応あの人が客だからか…。』
それが仕事とはいえ,三津が誰にでも愛想良くしているのを見て土方や沖田がどう思うのか。
斎藤はそこが気になって仕方ない。
「ほんでお嬢ちゃんは新選組のお女中さんやなかったんかいな?」
山崎は周りの目を気にしながら小声で三津に問いかけた。
「それが私の寝言が煩くて土方さんが寝不足になってもて。
それで十日ほど帰れって追い出されたんです。
寝言を言わんくなる薬とかないんですか?」
三津はお恥ずかしいと照れ笑いをしながら小首を傾げた。
「それやったらいい方法があるわ!」
力強い言葉に好奇心を掻き立てられた。
山崎にちょいちょいと手招きされて顔を寄せる。
「俺が添い寝したるわ。勿論腕枕でな。そしたら安心してぐっすり眠れて寝言なんか言わんで。」
ぐっと顔を寄せて,目を細め,口は弧を描いて色男を演じてみせた。
格好良く口説いたつもり。三津が照れて顔を真っ赤にするのを期待した。
「やっぱり斎藤さんの友達や!面白い事言わはる!」
思い切り笑われた。
面白い事を言ったつもりはない。
「何や添い寝はお断りか?」
と言ってみても,毎日家に来てくれる?だとか屯所に帰っても壬生まで来るの?だとか。
屯所だと土方と川の字で寝なきゃねと悪戯っぽく笑うだけ。
「ホンマに行くかもしらんで?後は恋煩いに効く薬もあるから何かあったら言ってな。
ほな仕事に戻りますわ!」
おどけて見せてから,名残惜しいけどと手を振って軽快に走り去った。
「三津,今の人は?」
随分親しげにしていたのが気になってトキが顔を出した。
「斎藤さんのお友達。あ,おばちゃん宗の所行って来ていい?」
「かまへんよ,行っておいで。」
その言葉に満面の笑みを浮かべ,たすき掛けに前掛けのままで出掛けて行った。
三津が店を出たのに合わせて斎藤も腰を上げた。
『多分あいつの所に行くんだろうなぁ…。』
斎藤にとっては苦手とも言える相手。
前回三津を尾行をした時,簡単に存在に気付かれた苦い思い出が蘇る。
だがそんな事が二度も起こるはずもない。
だって自分は新選組の斎藤一だから。
今度こそバレずに三津を見張ってやると密かに意気込んだ。
をふった。
「万事そつなくされるあなたでも、これをきけばどうしても態度や表情にでてしまいます」
いまの俊冬の言葉は、どういう意味だ?
「なるほど。いまから会う面子の中にいるってことだな」
「さすがは副長。申し訳ありません。これだけでも、あなたはこの後の宴で意識をそれにとられてしまいます。眉心紋消除 頭ではわかってはいらっしゃるでしょうけど……」
「自然にふるまえ、というわけだな」
「はい。同道は、わたしだけいたします。黒幕どもは、おれの腕はさきの剣術大会や噂で十二分にわかっています。下手なことはしないはず。ですが、万が一ということもあります。いざとなれば、あなたをお姫様抱っこして逃げます。そうなれば、他に同道者がいないほうがいいですから」
「くそっ!なにゆえだ?」
副長がこちらをみてきた。
ってか、お姫様抱っこ?
その一語がインパクト強すぎだ。
「なにゆえ、お姫様抱っこだ?せめて、おんぶにしてくれ」
「いや、そこかいっ!」
おれも同様にお姫様抱っこに喰いついたくせに、副長にツッコんでしまった。
「申し訳ありません。つい、ツッコんでしまいました。マジなところ、さすがに土方歳三が味方に狙われていたとか味方に殺されたという史実は、公にはありません。噂っぽい感じではちらほら見受けられますが。それも、後世の創作とか伝える人たちの思い込みの要素があります。その上での話です」
一言添えてからつづける。
「副長は、最後まで交戦派であった。だから、それがうざかった。もちろん、降参したがっている人物たちにとっては、という意味です。だから、副長をどうにかしようと目論み、実行に移した。さきの箱館山の地雷火だけのことではありません。降参したがっている人物たちは、敵の仕業に見立てて味方に損害を負わせ、物理的にも精神的にも負け戦になるであろうことを見せかけ、思い込ませたいのでしょう」
「おいおい。おれは、一度だって『最後まで戦い抜くぞ』とか『一兵卒になるまで意地を貫くぞ』、などといったことはない。それどころか、『どうせ負けるんだ。今後のためにも、控えめに戦おう』って遠まわしにいっているくらいだ。それをなんだ?だれもそれをわかっちゃいないのか?気がつかない馬鹿ぞろいだっていうのか?」
副長は、呆れかえっている。「よくも悪くも新撰組の「鬼の副長」であることが、だれにでも好戦的なイメージ、もとい印象をあたえているんでしょう」
「くそっ!これは、か?」
「それは、関係ないと思うがな」
とんだ見当ちがいなことをいった副長に、冷静にツッコむ安富はさすがである。
「うわあ、副長って嫌われているんだ」
「そうだよね。殺したいって思うほど嫌われているって、ファックでシットだよね」
しかも、市村と田村もまったく見当ちがいなことをいっている。
あっ、これはまったくの見当ちがいじゃないか。
隣で伊庭がふきだした。
島田らも苦笑している。
「主計っ、てめぇっ!」
そして副長はいつも通り、さもおれが発言したかのように理不尽に怒鳴ってきた。
「まぁまぁ、土方さん。あんたも自身が好かれているとは思ってはいないだろうが?もっとも、だから」
「なんだと、勘吾っ!」
「と、主計の心の声がだだもれだ」
「主計っ!」
またしても、蟻通のマイブームの炸裂である。
「そんなこと、思うわけがないですよ。そりゃぁ、BL的で受けとは確信していますけど」
「主計っ、てめぇっ!てめぇが死んじまえっ」
なんと。これが現代なら、ソッコーで大炎上する発言である。もちろん、いまのはおれが発言したのでも心の声がだだもれしたのでもない。
俊冬がおれの声真似をしたのである。
「ってかたま、おれの声真似をするなよ」
まったくもう。こんなマジな状況でおちゃらけまくるなんて。
「きみの影響だよ」
「はあ?」
俊冬の謎断言の意味がわからない。
「関西人の影響だよ。だから、どれだけマジな状況でも和ませなきゃって錯覚を起こしてしまうんだ」
「ちょっと待てよ。たしかに、関西人は周囲に影響をおよぼすことはある。だが、それは言葉だ。関西弁をうつしてしまう。行動や性格まで影響をあたえることはない。まあ、愉しく思わせたり和ませたりという影響はあたえることはあるけど。兎に角、自分がそうしなきゃってサービス精神を発揮させるほどの影響力はない」
「主計。きみは思わなくっても、ほかのみんなは思っているんだよ。というわけで、副長。そろそろ時間です。参りましょう」
思わずガクッときてしまった。
俊冬のやつ、さすがは「わが道爆走王」である。
とっとと切り替えるところなどは、さすがとしか言いようがない。
そして、イケメンズは宴の会場場所である「武蔵野楼」へと向かった。